大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 昭和53年(行ウ)1号 判決

原告 青木太 外一一名

被告 在原脩 外一名

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、奈良県北葛城郡上牧町(以下単に上牧町という)に対し金三二六万二、九三〇円およびこれに対する昭和五三年四月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一、二と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、いずれも上牧町の住民であり、被告在原は後記本件公金支出当時同町町長の職に、同肱岡は同町収入役の職に各在職していたものである。

2  被告在原は、昭和五二年一一月二八日の福田内閣改造において地元出身衆議院議員の服部安司こと服部安治(以下「訴外服部」という。)が郵政大臣に任命されるや、同人の大臣就任記念祝賀式典(以下「本件祝賀式典」という。)を上牧町の主催において開催することを計画・立案し、同町議会の賛同を得て昭和五三年一月一四、一五日の両日右式典を挙行した。

3  ところで同被告は、本件祝賀式典の費用として金四〇〇万円を昭和五二年度上牧町補正予算に計上し、右式典挙行後の昭和五三年一月二一日から同年四月二五日にかけて別表記載の各支出につき町長として支払命令をなし、被告肱岡は右命令に基づき収入役として同表記載のとおり合計三二六万二、九三〇円を支払つた(以下「本件公金支出」という。)

4  原告らは、昭和五三年四月二五日、上牧町監査委員に対し本件公金支出につき後記違法、不当を摘示して監査請求をなしたが、同監査委員は原告らに対し、同年六月二〇日付をもつて本件公金支出につき違法・不当はない旨の監査結果を通知した。

5  しかしながら、本件公金支出には以下のとおり明白な手続上、実体上の違法がある。

(一) 手続の違法

一般に、公金を支出するについては、予算の議決を要するほか、支出行為の根拠となる支出権限又は支払義務(支出負担行為の根拠)が別途条例又は議会の議決により定められなければならないところ、本件公金支出について町議会による予算議決はなされたが右支出行為の根拠となる本件祝賀式典の挙行そのものについては議会の議決は全くなされなかつたし、条例も定められなかつた。よつて本件公金支出は支出負担行為の根拠を欠いたまま、単に予算の議決のみに基づいて支弁された手続上の違法がある。

(二) 実体の違法(地方自治法二三二条一項違反)

町費は本来法令に従い町民全体の福祉のために支出されるべきであり、具体的には右支出が「町の事務」を処理するために必要な経費であることが支出の適法要件である。しかるに本件公金支出は特定政党の代議士である訴外服部の祝賀式典費用に充てられたというものであり、本件祝賀式典の主催の如きは如何なる意味においても「町の事務」ということはできない。むしろ、その実体は本来訴外服部の支持者らが自ら支弁すべき費用を、被告ら(同人らも訴外服部の支持者である。)がほしいままに右支持者らのために町費をもつて支弁したものであり、その合計金額が三二六万円余の多額に及ぶこととあいまつて右支出の違法性は明白であるといわなければならない。

6  ところで被告在原は町政を担当する者として、また同肱岡は公金の出納を司る者として公金支出には予算の議決のほか支出負担行為の根拠となる条例又は議決が不可欠であること及び特定政党の代議士の祝賀式典費用を町費をもつて支弁するが如きは法令上許されないものであることのいずれについても十分認識していたものであり、仮に右いずれかにつき認識を欠いていたとすれば、同被告らの前記重要な職責に照らし重大な過失があつたものというべきである。

よつて、被告らは、故意又は重大な過失により、法令の規定に違反して本件公金支出をなし、これにより上牧町に対して右支出額相当の損害を与えたものであり、従つて上牧町は被告らに対し、地方自治法二四三条の二第一項後段により右同額の損害賠償請求権を有している。

よつて原告らは同法二四二条の二第一項四号の規定に基づき、上牧町に代位して被告ら各自に対し、前記損害金三二六万二、九三〇円とこれに対する最後の本件公金支出の日である昭和五三年四月二五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5(一)の事実のうち本件祝賀式典の開催自体につき、別途条例が定められなかつた事実は認めるがその余の主張は争う。同(二)の主張は争う。

3  同6の事実のうち本件公金支出が本件祝賀式典費用にあてられたことは認めるがその余の事実は否認し、主張については争う。

三  被告らの主張

本件公金支出には、以下のとおり手続上も実体上も原告ら主張の違法はなく、また被告らにおいて右支出当時故意又は重過失のいずれをも欠いているから上牧町に対し、被告らは何らの損害賠償債務を負担するものではない。

1  手続の適法性について

原告らは公金支出が予算及び法令に基づいて行なわれるべき旨を主張するが、地方自治法二三二条の三が支出負担行為は「法令又は予算」によるべきものとする明文にてらし、予算の議決を経ている本件支出行為には何ら手続上の違法はない。仮にそうでないとしても、本件公金支出にあたつて上牧町昭和五二年度第四回定例議会において同年度補正予算として、その二款総務費一項総務管理費一四目に「服部郵政大臣就任祝賀式典費」として四〇〇万円が計上され、議会において実質的討議がなされた結果一二対一の賛成多数で議決された。従つて右議決は単に四〇〇万円を予算に計上することの承認のほか右前提として町費で町主催の本件祝賀式典を開催することの議決をも含むものであり、原告ら主張の支出根拠を欠くものではない。

2  実体上の適正について

(一) 同法二三二条一項の「地方公共団体の事務を処理するために必要な経費」とは単に同法二条三項に記載されている町の固有事務に必要な経費に限られるものではなく(同法二条三項は町の事務の限定列挙ではなく例示である。)、町の構成員である住民が、町を通じ(団体自治)住民自らの意思に基づいて(住民自治)「町の事務を処理するために必要」と認めた一切の経費を指称するものである。そうして何が必要かの判断は第一次的には住民の代表機関たる議会の裁量に委ねられていると解すべきであり、右議決に基づく公金支出については当不当の問題は生じ得ても原則として違法・適法の問題は生じ得ない。また、議会の議決が裁量の範囲内であるか否かは当該地方公共団体に固有の歴史的・地理的・社会的環境を抜きにしてはこれを判断することはできないものであり、都会内の地方公共団体において全く不要とされるものがむしろ当該地方公共団体にとつては不可欠であり、住民の意思にかなう場合も存するのであるから、事務の性質を一律に論ずるのではなく、当該地方公共団体の特殊性をも考慮に容れた具体的判断がなされるべきであるところ、本件公金支出が住民の総意を反映していたことは後記のとおりであり、結局本件公金支出については前提となる式典の開催をも含め、町議会の議決を経ているものといえるから右支出は上牧町の事務を処理するために必要な経費に該当し、原告ら主張の実体上の違法もない。

(二) さらに、上牧町のより直接的な意思を検討しても、本件公金支出は以下のとおり町民の民意そのものの実現であつたものということができる。

〈1〉 訴外服部と上牧町の関係

上牧町は、昭和四七年頃に西大和ニユータウンが開発されるまでは、人口も長年四千二、三百人で推移していた農業主体の過疎的貧村であり、町制が施行されたのは漸く昭和四八年に至つてであつた。

訴外服部は、昭和二〇年に上牧村村長となり、その職にあつた同二四年までの間、全国初の村立学校である上牧中学の建設を企図し、みずからも巨額の寄附を行ない、村民の先頭をきつて奮闘し右校舎を短時日の間に完成させた。又、県営住宅を同村に誘致し、他方自ら理事長となつて社会福祉法人チルドレンズハウスを設立し戦災孤児を収容するという福祉事業も個人の力で行つている。(児童福祉施設は本来地方公共団体のなすべき事務の一つである。)

同人は、村長を辞した後も、上牧町が都市計画道路の事業着手に踏みきるにあたり多大の助言を与え、完成をみた右道路は上牧町発展の大きな動力源となつている。同人が奈良県会議員を経て、衆議院議員に選出された後も、上牧町の発展の為様々のアドバイスを為し、又、個人的にも町民の相談に乗つてきていたことは多くの人の知るところである。

このような同人の町政・町民への貢献をあらわすものとして、同町には同氏頌徳銅像が建立されており、又、「服部」という通称を有する大字も同町に存在するなど同人は単にその「名」のみならず人柄そのものについても上牧町住民に広く知られるところとなつている。

〈2〉 本件祝賀式典開催の経緯

昭和五二年一一月二八日、同人の郵政大臣就任が決り、これを知つた上牧町町民が、同人の大臣就任を郷土の誇りとして祝い合おうとしたのは当然であり、町議会議員・総代会・農業委員会・婦人会・遺族厚生会等各種団体の代表約百名による「協議会」が、同年一二月三日に開かれ、同席上、「一人でもたくさん(祝賀式典に)出るためには費用を町で持つていただけたら」という声が圧倒的であつた。上牧町住民各界各層の意見を直接反映した右「協議会」において、町主催の祝賀式典を開催すべきであるという意見で一致したということは、本件公金支出についての妥当性が住民全体の直接の意思によつて予め裏付けされていることを端的に示すものであつた。

この「協議会」の一致した意思により、上牧町町長である被告在原は、右の「協議会」の意向をうけてその実現を図るべく、前記のとおり補正予算を、同年一二月一二日の第四回定例議会に提出した。この議会における審議においては、原告青木が唯一反対討論を行なつたが、他は、「今日ある本町の陰にはどれだけ………服部先生のご支援・ご協力があつたか…………その服部先生がこの度郵政大臣に就任されたのであるから、我々町民はもろ手をあげてこの祝賀会を挙行し、盛大にお祝いすることが人道的にも当然の姿じやないかという風に考えます。」という意見が党派、党略を越えて圧倒的であり、議会においても本件公金支出を内容とする右補正予算は賛成一二、反対一で可決された。

そして現に、昭和五三年一月一四日には児童が小旗を持つて訴外服部を出迎え、同夜行なわれた提燈行列には四千人を超える住民が参加し、町役場から同人宅まで約二キロメートルの行列を行なつた。冬の寒空にも拘らず、一人の落伍者もなく、同人宅前まで行列は続き、同人宅前では町民と同人とが一体となつて万歳を三唱した。翌一五日は、約千人が参加して祝賀会が町主催で開催された。

〈3〉 上牧町町民の住民意識

上牧町は、前述のような小寒村時代から、歴代村長あるいは農業振興・教育を通して村・町政へ貢献をした者などの記念碑や頌徳碑が、町の各所に建立されている土地柄である。

また昭和五二年一二月には「上牧町史」が編纂され、上牧町の全戸に無料配布されており、その費用も二、五〇〇万円に及んでいる。また一方、同五三年には、町制施行五周年式典が町主催で開催され、その費用として五三五万円が町予算から支出されている。

このように地元への貢献ということが非常に重んぜられ、行政も積極的に住民に働きかけて郷土意識の昂揚を図り、住民もこれに応えてきたところに、この地域の伝統的な特色を見ることができる。この点都会における住民の意識とは全く異質なものがある。いうまでもなくこれらは、いずれもそれ自体住民に直接的便益を与えるものではないが、住民の強い共同体意識が前提にあるからこそ、住民にとつてもその為の公金の支出に関し、異存、疑念が生じてこないのである。各自治体が、その根底にそれぞれ本来固有しているこの共同体意識を能う限り発揮させ、顕在化させることがまさに住民自治の原則、本旨である、ともいいうるであろう。

〈4〉 本件公金支出と住民自治

本件公金支出は、訴外服部の上牧町に対する永年にわたる貢献により、上牧町住民の間に培われてきた同人に対する素朴な敬愛のあらわれであつた。上牧町住民は、自らと同じ共同体に生まれ育つた同人の大臣就任を「郷土の誇り」として祝い、本件祝賀式典に参列することによつて同人との一体感にひたり、共同体意識をさらに強めたのであつた。それは、単なる一個人の出世の為に公金を支出するというような私的、皮相的なものでは決してなかつたのであつて、同人の町政への貢献を讃え、かつ町民が同人と同じ共同体に属していることを誇りとし、さらに自らの郷土の一層の発展をも期するという公的、根源的な行事であつた。

しかも、既述のとおり、祝賀会の町主催については、「協議会」の一致した意向であり、このことからも、町主催による祝賀会の開催は、住民レベルでのコンセンサスでもあり、それ故、町長はそれを受けて予算措置を講じたものである。

〈5〉 以上から明らかなように、本件公金支出は、あくまで上牧町住民の強い共同体意識をその根源とする住民のコンセンサスに基き、それを実現すべく「当該普通地方公共団体の事務を処理するために必要な経費」として支弁されたものであり、被告在原の補正予算の作成・議会への提出・その後の支出命令は、まさに「予算を調整し、及びこれを執行する」(法第一四九条二号)町長の担任事務の処理に外ならなかつた。従つて、本件公金支出が住民自治の原則に合致する実体的に適法なものであることは、極めて明白である。

3  本件公金支出の違法性について被告らには故意・過失はなかつた。

地方自治法二四二条の二第一項四号は、実体法上公共団体が職員に対して有する損害賠償請求権を代位行使する構造を有するものであるから、右前提として職員が故意又は重過失により地方公共団体に損害を与えたこと(いわゆる主観的要件)が必要不可欠である。本件各被告には公金支出時(被告在原については支出命令時、同肱岡については現実の支出時)に右主観的要件がなかつたことは以下のとおり明白である。

(一) 大臣就任祝賀行事開催の経緯

(二) 上牧町町民の住民意識

右(一)、(二)については、すでにその詳細を前記三、2〈2〉および〈3〉に記したところである。これらの事情は被告らの主観的要件を論ずるについても重要性を持つ事柄である。

(三) 本件公金支出に関する法令・条例等

本件公金支出が結果的に違法なものとされることがあつたとしても、その違法性を予め認識させうるような法令等は存在せず、ましてそれを禁止するような具体的な法令ないし条例は存在していなかつた。

従つて上牧町町民や議会の議員の念頭に本件公金支出について違法性の疑念を抱かせるような要素は毛頭存していなかつたし、それは町長である被告在原や収入役肱岡にとつても同様であつた。逆に住民の声を尊重すべき職責を負う立場にある被告らにとつて、祝賀会を町主催で行なうとする住民の声を前にして、それを違法なものとして排斥すべきであるというような疑念は全く浮ばなかつたし、また、排斥する理由もどこにも見出しえなかつた。いわんや、議会において大多数の賛成によつて本件公金支出が可決されるに至つた時においては、被告在原としてはこれに従つて支出命令を出すことこそが町長の職責遂行と映つたはずである。

(四) 本件公金支出の額

本件における実際の支出額は、三二六万円余であるが、この額は上牧町の予算規模が約二五億円であり、また過去に町史編纂に二、五〇〇万円も支出されていることとの対比において決して不当に高額のものではなかつた。

(五) 他の地方公共団体や国における取扱い

さらに、地方公共団体等に貢献のあつた個人に対し、その公共団体が名誉市民等の名称を付与したり、一定の経済的出捐をしたりする制度も一般的に存在しているという現況において、被告在原にとつて、慎重な配慮、法的判断の上にたつて本件公金支出を内容とする補正予算の議会における議決が、実は違法なものであると気付き、それを再議に付すべきであつたとすることはあまりに不可能を強いるものであり、また、それをしなかつたからとして重過失があつたとは到底言いえない。

ひつきよう、上牧町町民の意思を尊重して補正予算を調整し、これを議会に提出しその議決を経て支出命令を出した被告在原には、本件公金支出の「違法性」について、故意は勿論重過失も存しなかつたという外はない。

この理は、被告肱岡にとつても同様であつて前記のような事情の下では町長の支出命令に従つて支出をすることこそが上牧町町民の意思にもつともよく合致し、かつ自らの職責を果す事柄であると肱岡には考えられたのであつた。従つて、被告肱岡についても本件公金支出の「違法性」について、故意は勿論重過失も存しなかつたことは明白である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし4(原告ら、被告らの地位、本件公金支出の存在及び監査請求の経由)の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

二  本件公金支出の手続的違法の有無について

原告らは、本件公金支出については支出の前提となる本件祝賀式典の開催自体につき、条例制定がなされず、かつ予算議決とは別個の議会の議決もなされなかつた旨主張するので、右手続的違法の有無につき判断する。

一般に、地方自治法一四条二項の必要的条例事項たる行政事務については、条例を制定しない限り普通地方公共団体はその処理を行ない得ないが、いかなる事務が右行政事務に該当するかは当該事務が権力的作用に基づき、住民の権利義務に相当の制限や影響を及すか否かまた行政権の公平、平等な行使のため、予め一定の組織、運営基準等を定立しておくことが要求されるか否かなど、当該事務の性質を基準として決定されるべきであるところ、本件祝賀式典の開催というような事務は、単なる一回的事実行為であるに過ぎず、これによつて住民の権利義務に何らの制限・影響を及ぼすものではないほか、事柄の性質上、予め一律に一定の基準等を定立しておくべき必要性も乏しいものであるから、右条例事項たる行政事務に該当しないことが明白である。

そうすると、本件祝賀式典の開催につき条例制定を行なわなかつたことはむしろ当然であり、そのことに何らの違法はないものと解される。

次に議会の議決を要すべきいわゆる議決事件については、同法九六条一項が必要的議決事件を規定し、さらに同条二項が前記事項の他、条例によつて議会の議決を要すべきものと定められた事項がこれに該る旨規定しているところ、本件祝賀式典の開催というが如きは右条項のいずれにも該当せず、かつ弁論の全趣旨によれば上牧町の条例中にも右開催につき議会の議決を経なければならない旨定めた規定は存在しないものと認められる。(なお、強いて同条に該当するものを抽出すると、本件祝賀式典に要する物品取得につき行なわれる契約締結(一項五号)及び財産の処分(同項七号)が議決事件にあたると解されるが、これについては政令及び条例で一定の額に至るまで議決は不要とされており、本件公金支出における各支出額からするといずれも右限度に達していないことが認められるから、結局議決を要すべき事項に該当しない。)そうすると、本件祝賀式典の開催についてはそもそも予算とは別途に議会の議決を要すべき事件とは認められず、右議決を経なかつたとしても違法ではないほか、仮にそうでないとしても後記予算の議決は具体的支出をも前提としていることが明らかであるから、式典開催自体についても議決を経ているものと解することができ、以上の事実からすれば、本件公金支出には何らの手続上の違法は存しない。

三  本件公金支出の実体(内容)的違法の有無について

一般に普通地方公共団体は、地方自治法二条二項に基き、その固有事務である公共事務及び法律又はこれに基く政令により普通地方公共団体に属するとされた団体委任事務の外、その区域内におけるその他の行政事務で、国の事務に属しないものを処理するものであるところ、同法同条三項所掲の事務は、単なる例示に過ぎず、普通地方公共団体に属する事務が、右例示に限られないことは、同法条に徴し明白である。そして当該事務が、普通地方公共団体の事務に属するか否かは、地方自治の本旨に照らし、地方自治法二条一項所定の公法人たる社会的な実体としての地方公共団体の活動状況に即応するよう解釈決定されなければならない。したがつて、普通地方公共団体は、地方自治の本旨に反しない限り、社会的活動体として、自然人、私法人、企業などと同様に、外来者や関係者に対し、社会通念上相当と認められる程度の接待や社交儀礼の範囲内における金品の贈与をすることが許容されるのはもとより、当該地方自治体にとつて功労者であるとか、特に名誉とすべき事情があるなどの場合には、従来の慣例、当該自治体の財政規模等に照らし相当と認められる範囲内において祝賀、記念行事、顕彰式典等を行いうるものであつて、その相当性の判断は、社会通念によつて決すべきものと解せられる。

四  そこでこれを本件についてみるに、成立に争いのない甲第一ないし三号証、第四号証の一ないし四、第五ないし八号証、第二三ないし二七号証、乙第一号証、第五ないし七号証、本件祝賀式典で使用された提燈であることにつき争いのない検甲第一、二号証、本件祝賀式典の写真であることにつき争いのない検乙第一ないし八号証、第九号証の一ないし八、第一〇号証の一、二、証人川辺英雄の証言、被告在原本人尋問の結果、原告青木本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  上牧町は、奈良盆地の西部に位置し、奈良市へは東北五キロメートル、大阪市へは二五キロメートルの所に位する面積五・九二平方キロメートル、人口は昭和五二年一〇月一日現在で一万三、四〇八人、奈良県では中級の自治体で、昭和四七年西大和ニユータウンが開発されるまでは、人口も四、三〇〇人程度の交通機関すらない小村であつたが、右ニユータウンの開発並びに北部丘陵地帯を東西に通ずる西名阪高速道路の開設、バスの運行等により大阪市のベツドタウンとして急速に発展し、人口も急激に増加し、同四七年一二月から町制を施行、被告在原が初代町長に当選したほか、再選を重ね、本件事件当時はもとより本訴提起後においても町長に当選した。

(2)  訴外服部は、大正四年七月上牧村大字上牧に出生、中央商科大学卒業後昭和一八年四月上牧村警防団長、同二〇年一〇月上牧村長、同二一年公選村長として無投票当選、同二二年四月奈良県議会議員に各当選し、村長を兼任したが兼職禁止となり村長を辞任、同二八年奈良県議会議長、養護施設チルドレンハウス理事長を兼ねたが、同三三年衆議院議員に初当選、爾来当選六回を数え、その間に内閣官房副長官、郵政々務次官等を経て昭和五二年一一月二八日第二次福田内閣に郵政大臣として入閣し、同日認証式を終え上牧町並びに北葛城郡出身の初の大臣となつた。

(3)  訴外服部は、上牧村長当時から郷土の発展に力を入れ、私財をも投じて全国でも初めての村立新制中学校舎建設に当つたほか、通称服部の地域に、奈良県公営住宅第一号一五戸の建設を導入するなど村政に尽力したのみでなく、社会福祉の面でも献身的であり、戦後京阪神に多く発生した戦災孤児を収容すべく昭和二二年八月から児童福祉法による養護施設および児童厚生施設として社会福祉法人チルドレンハウスの設立に着手し、自然の景観に富む地を選んで同二四年六月敷地を造成、家庭舎、印刷工場、科学館、子供郵便局など二十数棟の施設を建築竣工させ、約一〇〇名の薄倖の児童を収容し、同二七年五月社会福祉法人の認可を得て登記を了した。

(4)  訴外服部の郷土への尽力は、代議士当選後も変わることなく続けられ、そのため上牧町の発展は、同人の助力なしには考えられないとして、同人は郷土の生んだ傑物であるだけでなく、郷土愛に燃えた人物と目されその銅像が建立され、またその住宅所在地域は、通称服部と称されるに至つた。

(5)  以上のような状況から昭和五二年一二月三日町役場地下大会議室に各種団体代表約一〇〇名が集合した席上、訴外服部の大臣就任祝賀式に一人でも多くの参加を容易にするため右式典を町営で挙行することが提案され、多数の賛成があつたので、これをうけて、町長である被告在原は、同年一二月一二日開催された第四回定例町議会に町政施行五周年記念式典と合わせ、本件祝賀式典の町営挙行の件を盛込んだ同年度補正予算案を提出したところ、同月一六日賛成一二、反対一の圧倒的多数で可決された。

(6)  本件祝賀式典は、昭和五三年一月一四日の提燈行列と翌一五日の立食パーテイにより構成されるがまず提燈行列では、午後六時町役場前に集合し、原告青木を含む約四、〇〇〇人にのぼる町民が、これに参加し、用意した約三五〇〇個の提燈では不足したが、同所から訴外服部の自宅まで約二キロメートルの道のりを約四〇分間行進し、右自宅前で万才を三唱して解散し、翌一五日の立食パーテイは、上牧中学校体育館で午後一時開催、約一〇〇〇名の町民がこれに参加した。

(7)  上牧町の予算規模は、昭和五二年度一般会計歳入歳出決算書によれば、歳入総額一九億四、二三四万一、〇〇〇円、歳出総額一八億七、六六六万六、〇〇〇円であるのに対し、本件記念式典支出総額は、三二六万二、九三〇円で歳出総額の〇、一六パーセントに過ぎず町長交際費三〇〇万円とほゞ同規模であり、本件記念式典には町制施行五周年記念式典のため予定されていた民間の寄付金三七三万六、二〇〇円を寄付者の同意をえて、本件祝賀式典に振向けて寄付してもらつたという事情がある。

以上のように認めることができ、他に右認定を覆えすに足る証拠は存しない。

五  右認定事実によれば、上牧町の挙行した本件祝賀式典は、町民多数の替意に基き、特別の条例によることなく行われ、その経費は、予算の定めるところにより普通地方公共団体の長の命令をもつて収入役がこれを支出したものであつて地方自治法二三二条の三、四の規定に照らし適法であるのみならず、社会的実在としての地方公共団体の通常の社交儀礼の範囲内における支出に該当し、その当不当については見解が分かれるとしても、これを違法とすべき理由は見当らない。よつて、その違法を前提として被告らに対し町に代位して損害賠償を求める原告らの本訴請求は、その余の判断をなすまでもなく失当として棄却すべきものである。

六  叙上のとおりであるから原告らの請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 仲江利政 広岡保 三代川俊一郎)

別表(一) 需要費

種類品目

支出額(円)

支出先

支出日

打合せ会時茶菓子代

三、三五〇

松井商店

五三・一・二一

祝賀会時賄

一、三三〇

かねまつ青果

五三・二・二五

同右

五七、三〇〇

青木酒店

同右

同右

一二、三〇〇

松井酒店

同右

同右

一二、〇〇〇

すぎた米穀酒店

同右

打合せ会時賄

五三、〇〇〇

香芝給食

五三・二・二八

同右

三三、六四〇

寿しひろ

同右

祝賀会時賄

七、七〇〇

荒木食品

五三・三・二五

同右

一二、三〇〇

柏原酒店

同右

10

同右

一二、三〇〇

井阪酒店

同右

11

祝賀会時紙コップ代

一五、〇〇〇

リビングシヨツプヤブ

同右

12

祝賀会時賄

一、九三二、五〇〇

橿原観光ホテル

五三・四・二五

13

同右

五〇六、〇〇〇

同右

同右

14

同右

一〇、〇〇〇

今中商店

同右

15

同右

二、二〇〇

米田ナミ

同右

16

同右

一〇、六〇〇

岸田商店

同右

17

同右

四、八〇〇

永井商店

同右

18

同右

二二、〇〇〇

吉中商店

同右

19

同右

一二、三〇〇

加藤酒店

同右

20

花束代

六、〇〇〇

フラワーシヨツプ福井康洋

五三・二・二五

21

生花代

四、六〇〇

松田生花店

同右

22

打上花火代

二四〇、〇〇〇

小山煙火製造所

五三・四・二五

23

祝賀会用あられ

六〇、〇〇〇

出田本店

五三・二・二八

24

提灯行列ローソク代

一、五一〇

米田商店外

五三・二・二五

三、〇三二、七三〇円

別表(二) 賃金

種類品目

支出額(円)

支出先

支出年月日

提灯行列時芸人謝礼

二三〇、二〇〇

田中芸能社

五三・三・二五

総計 三二六万二、九三〇円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例